「のこった」の「残る」と、「記憶に残る」は同じ?|ことばの実験室・特別編

目次

きっかけは、相撲の「のこった」

「小錦」の話から相撲へ。

そこから、
「土俵入り」
「同じ土俵に立つ」
と、話がどんどん横道へそれていきました。

その途中で、ふと引っかかったんです。

相撲の、
「のこった、のこった」の「残る」と、
「記憶に残る」の「残る」。
これ、同じなんでしょうか。

さらに、
「あの案件、まだ残ってる」と言うときの「残る」は、
土俵に残るほう?
記憶に残るほう?

同じ一語なのに、置く場所を変えると少しずつ違って見える。

今回は、「残る」という言葉をいろいろな場所に置いて、眺めてみます。

相撲の「のこった」は、何が残っている?

まず、相撲の「のこった」。
辞書では、取組中に行司が力士にかける言葉として説明されています。
両力士ともまだ土俵上に残っていて、勝負が決まっていない。

つまり、
「まだ残っている」
という状態を表している言葉です。

言葉の形としても、「のこった」は動詞「残る」につながる表現です。

ということは、相撲の「のこった」と、普段使っている「残る」は、まったく別の言葉ではない。

では、その「残る」を、別の場所へ移してみます。

「残る」を並べてみる

たとえば、
土俵に残る。
勝負に残る。
候補に残る。
記憶に残る。
全部、「残る」です。
でも、見えているものは違います。

「土俵に残る」は、分かりやすい。
体が、土俵という場所の中にとどまっています。
目で見える「残る」です。

では、
「勝負に残る」
はどうでしょう。

体がどこかに残っているわけではありません。
まだ負けていない。
まだその勝負の中にいる。
今度は「場所」ではなく、状況の中に残っています。

候補に残る

次は、
「候補に残る」です。

これも、どこか物理的な場所にいるわけではありません。

何人かの中から絞られていく。
その中で、まだ外されていない。

つまり、
候補という範囲の中にとどまっている。

「残る」の場所が、だんだん目に見えなくなってきました。

記憶に残る

そして、
「記憶に残る」。

ここまで来ると、残っている場所は、人の中です。

思い出。
記憶。
心。

触ることも、指さすこともできません。

でも、
「ずっと記憶に残っている」
と言えば、私たちは普通に意味を理解できます。

同じ「残る」なのに、
土俵から心の中まで入っていける。

考えてみると、なかなかすごい言葉です。

共通しているものは何だろう

では、この「残る」たちに共通しているものは何でしょう。

並べてみると、
消えない。
なくならない。
その範囲の中に、とどまっている。

そんな感覚が見えてきます。

土俵なら、土俵の中。
勝負なら、勝負の中。
候補なら、候補の枠の中。
記憶なら、人の心の中。

「どこに残るのか」は変わっても、「消えずにそこにある」という芯は残っている。

だから、これだけ違う場面でも、同じ「残る」という言葉が使えるのでしょう。

じゃあ、「案件が残った」は?

ここで、最初の疑問に戻ります。

「案件が残った」
これは、どの「残る」でしょう。

記憶に残っているわけではない。
もちろん、土俵に置いてあるわけでもない(笑)。

でも、

「まだ終わっていない」
「まだ処理されずに、その範囲の中にある」
という意味では、
「候補に残る」や「勝負に残る」に近い感覚がありそうです。

こうやって、同じ言葉をいろいろな文に入れてみると、その言葉が持っている意味の輪郭が少しずつ見えてきます。

同じ一語なのに、景色が変わる

「残る」という言葉そのものが、場面ごとにまったく別物になるわけではありません。

中心には、
「消えずに、とどまる」
という感覚がある。

でも、
どこにとどまるのか
が変わることで、見える景色も変わります。

物理的な場所。
状況。
枠。
人の記憶。

一つの言葉が、その芯を残したまま、いろいろな場所へ入っていく。

こうして並べてみると、普段何気なく使っている言葉が急に立体的に見えてきます。

相撲の「のこった」から始まっただけなのに、
気づけば「記憶に残る」まで来ました。

同じ一語なのに、置かれる場所によって見える景色が変わる。

ことばって、やっぱり面白いですね。

あなたの身のまわりには、
どんな「残る」がありますか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次